バイリンガル子育て 日本語と英語を書けて話せる育児法!その1<在アメリカ>

こんにちは!もりっくです。

今日からシリーズでバイリンガル子育てについて書きたいと思います。

わたしの子供は父親がアメリカ人で私は日本人で、日英のバイリンガルです。

英語と日本語をネイティブレベルで話すだけでなく、漢字も日本の大学生レベルで読み書きができます。

幼稚園から高校まではアメリカの現地校に通いました。そして日本が好きなので、大学は日本の大学に進みました。もちろん日本語での受験です。

彼女は親が日本とアメリカなので自然とバイリンガルになったわけではありません。

それなりの金額と時間をかけたつもりです。そしてよい環境に恵まれたのも重なりいつの間にかバイリンガルに育っていました。

運もよかったんだと思います。

でも私なりに努力もしたつもりです(*^ー^*)アハハ

 

プロローグ

まず初めに、どんな環境でバイリンガル子育てが始まったのかお話しします。

出産はカリフォルニアにいたときでした。

子どもを欲しいと強く思う方ではなかったので、子育てに関してはとくに強い関心はありませんでした。

でも私の両親が思った以上に子供の誕生をよろこんでくれ、「バイリンガルに育てないと孫とコミュニケーションが取れないのは可哀想」と思うようになり、それがバイリンガル育児への目覚めになりました。

元々私の英語がネイティブではないので、変なアクセントが移らないよう英語で話すつもりはなかったですけどね。

 

生まれる前からお腹にも日常的には私が日本語、主人が英語で話しかけるようにしました。

2歳までの言葉は英語でした。1歳8か月の時、はじめて日本への帰省では英語を話していました。

お水のことを「ウォーター」と言っていたため、母は「ワーラー!ワーラー!ってなんのことだか分からなかったw」と、孫が何を欲しがっていたのか分からなかったことを今でもよく笑い話にしています。

2,3歳までは毎晩絵本を、日本語バージョンと英語バージョン、交互に読み聞かせをしていました。

2歳半の時、主人の仕事の都合で3年間沖縄に住んだのですが、最初の一年はまだアメリカの幼稚園に入園する時期に達していなかったため、沖縄の現地の幼児園に入園させました。

この時は毎日日本語だったので、日本語の方が強かったような気がします。

4歳でアメリカの幼稚園に入園、このころ実は彼女は英語が苦手となっていて、幼稚園で先生にトイレが言えずはずかしい思いをしたそうです。先生から指をささないで言葉で言いなさい、と怒られたことは大学生になった今でも覚えているのだそう。

幼少の時にショックだったことは、何歳になっても心の傷として残るのですね。

小学校入学と同時期にカリフォルニアに引っ越しました。

英語環境はこれでオッケーなのですが、日本語の維持をどうするかが問題でした。カリフォルニアと言ってもロサンゼルスやサンフランシスコのような大都市部ではなかったからです。

でも運のいいことに、車で15分のところにKUMONがあったのです。しかも経営者は日本人女性。月謝は日本のKUMONよりうんと高く一科目$110(1$=115円として12650円!)でしたが、とてもいい先生だったので主人を説得して通わせることにしました。

この先生との出会いが、バイリンガル子育ての本格的な始まりとなりました。

第2回につづく

 

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